懐に飛び込んで見えた中国

 私中国の出会い
私が中国と出会ったのはいつだったのでしょう。私の母方の祖父は戦前から戦後にかけて台湾で勤務した経験があり、私の母も台北生まれです。物心ついた時には祖父が私に中国語の四声(発音)を教えてくれていました。今思えば私と中国との出会いはそれぐらい自然なものだったのです。そんな私が大学で中国語を専攻、十三年前には文部省の国費留学生として北京外国語学院に留学し、福井県庁入庁後の平成八年には福井県の友好都市である浙江省人民政府で一年間の研修を受け、その後福井県上海事務所の設立のために上海にやって来ました。この間中国人と結婚し、中国での長男の誕生、子育てなど公私ともに中と深い関係を持つようになっていったのです。

浙江省人民政府外事弁公室での研修
福井県と浙江省は平成五年に友好提携しました。両県省は歴史的、また産業的につながりが深く、現在各分野で積極的な交流が行われています。例を挙げれば中国の偉大な文学家で浙江省紹興市出身の魯迅先生が日本に留学した時の恩師である藤野厳九郎先生は福井の出身、産業的に見ると福井は日本屈指の繊維産地ですが、浙江省も中国最大の繊維卸売り市場「軽紡城」を有するなど繊維を主要産業としています。私は平成八年九月から一年間浙江省人民政府外事弁公室で研修を受けました。同じ政府機関とはいうものの国が違えば仕事の進め方も日本とは大きく異なります。福井県と浙江省で会議を共催することになりましたが、日本側の資料は秒刻みのスケジュール表、あいさつ文や関連資料等でたちまち厚さ三センチになってしまいました。一方中国側の資料は五分の一程度でした。中国側からは「なぜそんなに事細かに決める必要があるのですか?」とよく聞かれました。その場で臨機応変に対応すればいいのでは?ということです。当日は来賓が遅れたり、アクシデントが発生したりしてなかなか決めた通りには進まず混乱してしまいました。一方中国側はなんだか余裕で会議を進めていた感もありました。確かに資料がなければ不安になるものですが、大切な会議そのものよりも資料作りに労力が取られてしまっていたと実感しました。日本の仕事の進め方は緻密でミスが少ないと思いますが海外では通用しないこともよくあります。ちょっと考えさせられる出来事でした。

中国人との結婚と長男の誕生
私と妻が知り合ったのは私が浙江省人民政府外事弁公室で研修を受けていた平成八年十月でした。彼女は黒龍江省のチチハル市生まれ、寒い時には零下三十度を下回る極寒の地です。丹頂鶴の生息地としても知られ「鶴城」という美しい別称を持つ町です。彼女はそのチチハル市で三歳からフィギュアスケートを始め、一九八六年には全中国フィギュアスケート選手権で優勝し中国チャンピオンとなりました。現役を引退してからはチチハル市の体育委員会でコーチをしていました。その彼女が南の浙江省杭州市に来る事になったのは杭州市体育センタースケート場でコーチに就任するためでした。実は私もフィギュアスケートを趣味にしており、彼女が私のコーチをしてくれていた一年間で結婚の気持が固まりました。私は国際結婚したことで得た物が多かったと思っています。妻の両親、親戚や友人との交流の中で研修期間には見えなかった真の中国が見えたような気がします。三年前には妻の弟の結婚式に出席し親戚代表としてあいさつする機会を得ました。親戚の面々から一族として認められた気がして感無量でした。育ってきた環境が違うので当然日々衝突も起きるわけですが、双方の国、文化、習慣、思想を尊重することで何とか乗り切っています。また二つの祖国を持つ長男の誕生は我々にとっての大きな喜びとなりました。長男には日本と中国の言語と文化を学んでもらい、日中両国の架け橋として活躍してほしいと考えています。

福井県上海事務所の概要
中国経済をリードする上海市は世界の経済センターとしての役割も期待されており、現在約二万三千社の外国企業が拠点を設けています。昨年10月にはAPEC会議を成功させ国際的知名度も上昇しました。連続九年間二桁成長を達成し、今後十年間も同レベルの成長が見込まれています。福井県では繊維や眼鏡を中心に県内企業約二十社が進出するなど本県産業界とつながりの深い上海市に平成十一年六月に事務所を開設しました。(事務所の詳しい活動内容はホームページをご覧ください。http://www.fukui-iic.or.jp/kokusai/sh)主な事業内容は県内産業界への中国情報の提供、企業進出に際する各種調査、訪問者に対する便宜供与、中国各機関への福井県のPR等です。これまでは自治体や業界団体などを対象にした事業が主でしたが、最近ではWTO加盟後の中国市場開拓を考える個別企業からの問い合わせが急増しており、福井の地域経済にも中国投資熱が広まっているのを感じています。ばら色に見える中国ビジネスですが、順風満帆といかないのも現実です。ある日系企業の方のお話では、商習慣の違いからビジネスがなかなか難しいといいます。商品は売れるけれど売掛金の回収ができないことが多いそうです。日本の優秀な財務担当者は「回収を早く、支払は期限までに」という感じですが、中国の会社で優秀とされる財務担当者は「回収を早く、支払いはできるだけ遅く(払わない)」という感じです。今後も県内から中国市場を目指す企業が増加するでしょう。ただWTO加盟後の中国市場では中国企業と外国企業の競争が激化すると言われています。進出にはより周到な準備が必要になります。これからも当事務所では県内企業の中国進出がスムーズに行くように支援をさせていただきたいと考えています。そして私自身もより一層中国を理解するとともに上海経済同様に日々成長したいと考えています。

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